憧れのマイホームを入手して早ウン年。
夕暮れ時には、夕食の香りがあちこちのお宅から流れ、道端や広場では学校から帰宅した子供が集まってボール投げやおもちゃの乗り物などで遊び、聞々心地の良い大声をあげて楽しそうに過ごしている。
私はこの時間が今は本当に素敵な時間だと思っています。
今はというのは、かつてそうではなかった時期があるからです。
私は、両親共働きで、愛犬と一人っ子の私だけで過ごす時間がほとんどという子供時代を送りました。
大切な愛犬との時間はかけがえのない大切な時間でしたが、夕暮れ時のご近所から夕食の香りが流れてくる頃には、私はいつも身構えるくせがついていました。
夕食の香りが濃厚になる頃、決まって、遊んでいた子供を迎えに親達が声かけをしていました。
この時私はいつも、ひとりで取り残された様にうちへ帰っていました。
『親は迎えに来るものなんだ』とか『親は夕食を夕方につくるんだ』とか、こんな一般的な事を、今思えばかわいそうな自身の出来事から学んだのでした。
そんな日常でしたから、危ない目にも何回かあった事があります。
若い男性に、自転車の後ろに乗れと連れて行かれそうになったり、道端でひわいな言葉をかけられたり…
当時の私は、そんな出来事が恐かったというより、なぜ私は誰にも守ってもらっていないのかという思いがとても悲しく感じ辛かったという記憶があります。
そんな私が興味を持ったのが、小学校に設置されていた防犯カメラでした。
『守ってもらっている』。
『見ててもらっている』。
『何かあったら助けてくれる』。
まさに、私が最も求めていた事を実現してくれている存在でしたので、よく、その防犯カメラを見に行きました(見に行ったというより、友達たちとカメラの前でおどけていたのですが)。
友達たちは、きっとたわいのない事だったと思うのですが、私にとっては大切な事でした。
帰宅の時間はいつも不安でした。
家は一戸建て住宅だったのですが、近所まで一緒に帰宅していた友達も、家のそばで”ばいばい”です。
私のうちまで数メートルなのですが、ここで恐いめにあったので、いつも異常な緊張感で帰っていました。
『ここに防犯カメラがあればいいのにな…』
そんな風にいつも思っていました。
防犯カメラといえば、物騒なものとかプライバシー侵害などなにかとマイナスイメージが付きまといがちですが、その設置の仕方次第で、人の心に安心をもたらすかけがえのないものでもあると思います。
一戸建て住宅街にはそぐわないイメージがありますが、それは先に申した”設置の仕方次第”で優れた存在感をもたらすものになると思うのです。
『デザイン』『設置場所』『説明文』等、それらを工夫すればその存在は住まいに溶け込む優しいものになるのではないでしょうか…
さみしい子 悲しい子 一人ぼっちの子…そんな子を一戸建て住宅街で防犯カメラさんに見つけて欲しいです。
子供たちの大切な成長期を壊さない為に、素晴らしい未来になるように、防犯カメラさんも子育て参加をして頂きたいです。